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ガッツ (kapitan_captain)

Author:ガッツ (kapitan_captain)
社会不安障害ガッツのブログ
主な細かい症状:対人恐怖症 他者視線恐怖症 自己視線恐怖症 正視恐怖症 脇目恐怖症 あがり症 
上にあげた症状もよくなってきています。
これらの神経症の苦しみを最初は綴っていました。
終わらないつらさと足掻いている様は、今読み返してみてもきついものがあります。
現在、希望を持って某心理プログラムを受けていて、その感想や体験記、学んだこともこれから書いていきたいです。
当所に比べ、かなり気持が楽になってる!
希望もだんだん湧いてきています。

もしも僕が岩波先生の無意識から治す技術と出会っていなかったら断末魔の生活をしていました。拾われた命、めげずに毎日生き抜いてやる!

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社会不安障害克服! 克服ブログ
社会不安障害克服のためのBlog。社会不安障害の苦労や克服方法。超越的な技術を持つ先生のもとで克服に向けて頑張ったあげく、なんと克服できました。希望と絶望・不安と期待、すべてが入っている心情吐露の場でしたが、克服に至った以上、僕の経験を伝えていきたと思っています。スゴ腕の超カリスマ岩波先生のプログラム紹介や取り組み、体験も書いていきます。人生は諦めてはダメです! 僕がいい例です。
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対人恐怖症と社会不安障害の惨めさ体験記
外出したらすぐ人に会ってしまうこの日本社会。
人の中で、社会の一員で生きようとする限り、対人恐怖症社会不安障害の人は悲惨の一言。
僕は過去のブログを読んでくれればわかるように本当に毎日が地獄で悔しくてムカついて落ち込んで傷ついてばっかりだった。
人が現れたらドラクエのモンスターが現れた如く身構えてしまう。
視線恐怖症だから、特に人の視線が怖くてたまらなかった。

ここから書くことは昔僕が感じていた心理状態です。
こんな悲惨な精神状態で生きていたんだなと苦笑するしかない!!!!・・・・・・・

学生にしても社会人にしても人がいるから毎日が苦しい。
ひきこもって運よくニート生活できたとしても、決して症状は解決しない。
逃げ場があるだけいいけれど、いつかは親も死ぬし自立していかなくてはいけない。
どちらにしてもその日が来るのを怯えることになる。

一人でいても不安でたまらない。
親の圧力もあるし、どうにもならない人生自体が、対人恐怖症のつらさとは別にいつも心を苦しめる。
いくら今現在引きこもれても、未来がないことには変わらないし、人は希望なしに生きてはいけないし、絶望だけなら鬱になるし、どっちにしても悲惨だ・・・・・・・・・・

昼夜逆転生活をしたら頭が重くなるし気分が晴れない。
憂さ晴らしでゲームをしたり漫画を読んだりテレビを見たりするけれど、起きている間中やり続けることはできない。
やらないとまた憂鬱感や焦燥感や憤怒の感情が湧き上がる。
決して感動なんかできない。

どんどん社会から遅れて行き、対人スキルも得られないまま過ごしていくと、勇気を持って世間に飛び込んだ時、あまりの世間とのギャップでまた悩み傷つく。
何のスキルもないんだからあたりまえだけど、じゃあ場数を踏んで人に慣れようとしたって、もともとのプラスを積み上げるスキルがないんだから、マイナスの経験値しか獲得できない。

待ちを歩いていたって、クリスマスムードとか夏の浮かれた感じとか、最近じゃハロウィンパーティの雰囲気まで味合わなくちゃいけないし、街中カップルだらけだ。
カップルじゃなくなって、みんな楽しく歩いている。
それを感じながら、現在の自分の悲惨な状況に悔しくてたまらないし、時には苛立って物をぶち壊したくなる。

比較してますます惨めになるし、これなら外に出ない方がマシだと思うけれど、引きこもったら未来がないことも知っている。
そして逃げ場を失っていって、どうにもならない絶望の中、ますます心が病んでいく。
テレビをつけたって、幸せそうなあるいは楽しそうなムードを煽っている。
そうすれば物が売れるから、人々を浮かれさせようとしている。
それを見るとますます、浮かれられなくなり、惨めさと落ち込みが襲ってくる。

こうなると世間が憎くなるし、このイライラのはけ口をどう処理していいかわからない。
さんざん抑圧し続けてきたけれど、もっと抑圧しなくてはいけない状況に追い込まれる。
これじゃあいくら我慢強くたって、心の容量の限界が絶対に来る。
リミットを超えた時、自分はどうなるんだろう?
もうやっていられない!という怒りのパワーが外に向かうのか、ますます抑圧を貯めこみ精神的に完全に廃人状態となるのか?

幸い僕はそこのところで悪循環を鎖を断ち切ることができたけれど、もし岩波先生に出会っていなかったら、どうなっていただろう?
苦しさから逃れるために、第三の選択、自殺をしていたかもしれない。
思えば僕はひとりごとで常に死にたい死にたい死にたいと言ってたなー
自殺する勇気なんかなかったからどうなったかわからないけれど、人間ってリミット超えたらとんでもないことをやってしまうそうだ。
何かをしていたかもしれない自分が恐ろしい。

振り返ってみると当時の僕は本当に惨めだった。
ボロボロで神経質で病的ですぐ傷ついて落ち込んで、生きている価値なんてなかった。
僕自身が生きている実感なんて感じなかったし、感じていることは嫉妬、後悔、落ち込み、苛立ち、怒り、焦り、悲しみそれだけだった。

僕だけじゃありません。
おそらく僕のブログを読んでくれている人たちも多かれ少なかれ同じ心理状況だと思います。
社会不安障害は、社会で生きられなくしてしまうけど、社会で生きざるを得ない僕らにとってすなわち断末魔の生活を続かせちゃいます。
あけすけに言うなら、人生が完全に摘んでしまっている状態です。
社会不安障害がひどいまま幸せになれることはほぼありません。

こんな惨めな極地に陥ったら、耐えてもなんにもボーナスが出ない。
死んでいく時もこれまでの人生を振り返ると絶望とやるせなさと後悔で死んでいかなくちゃいけない。
これぐらいやばいです。
だから、何としてでも根本から社会不安障害を撲滅しよう!

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テーマ:疲れたココロ - ジャンル:心と身体

社会不安障害を克服できた現状の僕 自信を得るためにまずやるべきこと
今の僕は昔の自分が嘘のように自信を持っています。
自信って怖いですね、ないと自殺ものだし、あるとこの世が小さく見えたりするんだから。
自信は考えて生まれるものじゃなくて、その人の行動の積み重ねで得られるものです。

自信って自己肯定感だから、自己否定感だけの人は最初は難しいです。
だけど、自信を持つために避けて通れないことがあります。
まずは勇気ある行動です。
行動をしたら傷つきよけい自信喪失になる恐怖を社会不安障害、対人恐怖症、視線恐怖症の人は持ってしまうでしょうね。

その行動の壁に僕はかなり苦労しました。
だってかなりの勇気とエネルギーと傷ついても前に進む推進力が必要なるのだし。
だけど僕がまずやっていたことは、自分に『失うものは何もない』という暗示をかけることでした。
よくよく考えれば、最悪なんだからもう失うものなんて本来は何もないんだから。
それでも動けば傷つくリスクで身動きとれなくて、そのくせマイナスの妄想だけが強くなって、ますます社会や人が怖くなる悪循環を人って選んじゃうんですね。
まるで昔の僕でした。

その壁を突破できたのは、その恐怖を超える恐怖のモチベーションを駆り立てることと、リスクを楽しめる失うものはなにもないという気持ちになることでした。
もうやぶれかぶれだ! なるようになれ! どうせ俺には失うものはもう無いんだ! どっちが怖いのか? このままジリ貧で対人恐怖が増していくのを選ぶのか? 動いてリスクをたくさん選んで、傷ついてもいいから、マイナスの中からプラスだけを積み重ねよう!!! 

そういう気持ちになった時、僕はひとつの壁を突破できた。
これは神経症克服プログラムで暗示を入れ込んだことと、はっきりと失うものはなにもないんだという強い自覚を得られたから。
人が変わる時って、そういうリスクをとれるときなんですね。
本当のリスクって、実は視線恐怖や社会不安障害で苦しみ続けた人生のことを言うんだけど、そこをはっきり自覚することだと思います。

もう一つリスクを取るのもやっぱり怖い。
視線恐怖や対人恐怖症も怖いけれど、何かして動いた時のショックのほうが怖いのが人情です。
だから、この症状になった自分を受け入れて肯定してあげることが大事になりました。
僕はこの症状になってあたりまえだという考えです。
これは不思議と自分を認めるということなんですね。
自分に肯定感を持った人って、結構リスクが取れるものですよ。
ただし一番の障害は、普通の意識では、社会不安障害系の悩みはない方がいいに決まっているから、感情で認めることはできないということ。
だから、深い意識の世界で肯定する作業が必要不可欠だった。

理性がある状態だとどうしても怯えてしまうし、そのまま時間が経っちゃいます。
バカになりきれないし怖いしどうしても安全な道を選んで墓穴をほってしまう。
その繰り返しが今までだと思うことも大事です。
今社会不安障害が治っていないってことは、これからも治らないってことです、それをやっていたら。
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視線恐怖症・対人恐怖症を克服できなかった時の悲劇
神経症克服プログラムに通う前の辛酸を嘗めた視線恐怖症・対人恐怖症・社会不安障害のつらさといったら、これ以上の地獄はなかった!
毎日が憂鬱でつらくて苦しくて最悪で不安ばっかり拾ってイライラして落ち込んで身動きができなくなって、それでもつらくてつらくて・・・・・

もし僕が社会不安障害を克服できていなかったら、まともに働くことはできなかったし、死ぬしかなかった。
これから死ぬまで地獄の中を生きてかなくちゃいけないんだから、死んだほうが天国だ。
それぐらい僕は追い詰められていて、自分が助かるために何かないかと必死で探していた所、岩波先生の神経症克服プログラムに出会えた。

もし克服できなかった時の恐怖と不安は、そりゃあもう、強かった。
人の目を気にして、人から変に思われ蔑まれ、それでもよく思われようとしたり、普通を装おうとしたり、でも挙動不審になって、普通すらできない自分にムカついて、症状に腹が立って、全人類に敵意を持ち、でも仲良くしたくて。
とにかく神経がずっと目から脳みそすべてにおいて敏感になって、人からの評価だけじゃなく、話し声や笑い声にも自分に向けられていると感じてしまう自信の無さ! 自分を認めてあげたいけれどとうてい肯定感を持てない現状。

あのまま岩波先生に出会っていなかったら最悪な結果になっていたでしょう。
でも、今も苦しんでいる皆さん、大丈夫です!
希望を持ってください!!!!!
僕が救われたように、同じ症状の人や他の症状でもトラウマを抱えたり、すごい抑圧を抱えて生きていた人でも、先生のところで楽になっていますから。
それでどれだけの命が救われたでしょうか。

神経症はすべてを殺し尽くす破壊力を持ってます。
こいつは容赦なく身も心も滅ぼしつくします。
それに対応する手段もない中、僕が見つけたのが、神経症以上の威力を持つ岩波先生の神経症克服プログラムでした。
並大抵なことをやっていたら一生神経症で苦しみます。
並大抵な方法で克服するしか、もう生きる道はないです。
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